研究開発の現場に、デジタルトランスフォーメーション(DX)の波が押し寄せています。とくに注目を集めているのが、ロボットやAIを活用した「ラボラトリーオートメーション」です。
産業技術総合研究所(産総研)マルチマテリアル研究部門の山口祐貴主任研究員は、この最新技術を活用し、大きな成果を上げています。従来1000℃以上の高温で焼成する必要があったセラミックスを、100℃以下という低温で製造することに成功。さらに、人間が1カ月以上かかるような合成・製造実験を、ロボットにより1日で実現するという革新的な成果を上げました。
この成果の背景には、愛知工業大学ロボット研究ミュージアムとの産学連携があります。食品加工業界で培われた協働ロボットの技術を、研究現場に応用するという試みです。
本稿では、セラミックスの低温製造に関する研究と、それを支えるラボラトリーオートメーションの実際、そして研究を支える科学機器商社の役割について、山口氏に詳しく話を伺いました。
1. ABCD法が拓く、セラミックス製造の新時代

産業技術総合研究所 マルチマテリアル研究部門 山口祐貴主任研究員
――まず、山口様の研究テーマについて、わかりやすく解説いただけますでしょうか。
山口:セラミックスは元々、お茶碗やお皿など、古くから人間の生活にある材料です。これらは通常、焼き釜に入れて焼成することで作られます。私の研究では、この「焼く」という工程を必要としない、新しいセラミックス製造方法の開発に取り組んでいます。
――具体的にはどのような方法なのでしょうか。
山口:「化学焼結」というプロセスです。従来は1000度以上の高温で焼いていたものを、室温や100℃以下という低温で作れないかという研究です。これにより、二つの大きなメリットが生まれます。一つは、エネルギー消費量とCO2排出量の大幅な削減。もう一つは、熱に弱いポリマーなど、これまでは組み合わせることができなかった材料との複合化が可能になることです。
研究は産総研に入所した2016年からスタートしています。当時から、エネルギーと環境という社会課題は切っても切り離せない重要なテーマでした。現在では「 ABCD法(※1)」と呼んでいるのですが、これは酸・塩基の中和化学反応による緻密化法の略称です。室温から100℃程度の温度で中和反応を起こせる材料の組み合わせを探索しています。
(※1)ABCD法
産業技術総合研究所(産総研)が開発した、室温近傍でセラミックスをバルク化する革新的な技術。「ABCD」は「Acid-Base Chemical Densification」の頭文字から。
――ABCD法による具体的な成果についてお聞かせください。
山口:私たちが開発した簡易低温合成法は、従来の固相反応法とは異なり、非晶質含水酸化物を原料に使うことが特徴です。この原料は水分子や水酸基を多く含んだ構造を持っており、これとアルカリ性の原料を混ぜ合わせると中和反応が起こり、目的の複合酸化物が100℃以下で生成されます。
具体的にはキャパシタ用強誘電体のBaTiO3や、燃料電池用電解質のBaZrO3、光触媒材料のSrTiO3、電池用電極材料のLiTiO2などの機能性ファインセラミックス固体の低温焼結に成功しています。これらの材料は、さまざまなセラミックス部材やデバイスへの応用が期待できます。
――研究の過程で課題となったことはありますでしょうか。
山口:当初は、手作業で一つの実験条件を試行するのに1週間かかっていました。一度の実験で用意できるサンプルは最大4つで、1週間に4サンプルのデータしか取得できませんでした。
同一組成について、高い密度の固体を製造するプロセスを最適化するのに1年を要していました。また、塩基性材料は大気中で劣化しやすく、水分を吸ってしまったりCO2と反応してしまったりするため、グローブボックス内での実験が必要でした。これらの課題を解決するため、私たちはラボラトリーオートメーションの導入を決断したのです。
2. 二段階の自動化システムによる研究革新
――ラボラトリーオートメーションの導入について、具体的な経緯をお聞かせください。
山口:2016年から2020年頃まで、同じ材料で研究を進めていたのですが、企業の方々から「この材料でもできないか」というお問い合わせが増えていきました。新しい材料での実験には、一から組み立て直す必要があり、人間の手だけでは対応が難しい状況でした。そこで、マテリアルズ・インフォマティクス(※2)に加え、ロボットやハイスループット研究(※3)の手を借りることを考えました。
(※2)マテリアルズ・インフォマティクス
機械学習やAIを活用して、膨大な材料データから新材料の探索や設計を効率的に行う手法。オバマ政権時代から米国を中心に発展し、現在は材料開発の重要なアプローチとなっている。(※3)ハイスループット研究
「ハイスループット(High-throughput)」とは「高処理能力」を意味し、短時間で大量の実験を実施・処理する研究手法を指す。とくに新材料開発において、より多くの組み合わせを効率的に探索できる手法として注目を集めている。

粉体秤量自動化装置を活用した材料組成探索の高速化
[引用] 国立研究開発法人産業技術総合研究所HP ホーム > 研究成果検索 > 研究成果記事一覧 > 2023年 > ロボット実験とAIによりセラミックス化学焼結プロセスの条件探索を高速化
――具体的にどのようなシステムを構築されたのでしょうか。
山口:大きく二段階の構えで進めています。一段階目は、材料の組み合わせ実験です。市販の粉体秤量自動化装置を使用して、さまざまな元素の原料を混ぜ合わせる工程を自動化しました。これにより、一つの組成を約10分で調製でき、8時間で最大48通りの合成実験が可能になりました。人間の手作業では1カ月以上かかっていた実験が、24時間運転で1日で達成できるようになっています。
――二段階目のシステムについても教えていただけますでしょうか。
山口:二段階目は、グローブボックス内での協働ロボットCOBOTTAを活用したシステムです。グローブボックスでの作業は、大気中の水分の影響を避けるため不活性ガスで充填した環境で行う必要があり、従来は分厚いゴム製のグローブ越しでの操作を強いられていました。私たちは愛知工業大学との共同研究により、このグローブボックス内で粉体の秤量や混合を自動で行えるシステムを構築しました。
具体的には、非晶質金属酸化物の含水ゲル粉末を一軸プレス成形でペレット形状に加工した前駆体を準備し、それを各種水酸化物溶液中に浸して100℃以下の一定温度で保温するという工程を自動化しています。この作業を人間が行うと8時間かかっていましたが、ロボットでは1時間の準備で済み、その後は24時間連続で実験を続けることができます。協働ロボットは安全性の関係で動作速度に制限がありますが、人間が常駐する必要がない分、時間を効率的に活用できるようになりました。
――愛知工業大学との共同研究はどのようにして始まったのでしょうか。
山口:当初、私たちも2018年にCOBOTTAを2台購入していたのですが、材料研究者である私には使いこなすことができず、数年間眠らせていました。その後、愛知工業大学の西山先生のグループが、COBOTTAを使って食品加工の自動化に成功されているのを知り、その技術を材料研究に応用できないかと考えました。
とくに注目したのが、西山先生たちが開発された「ツールチェンジャー」という仕組みです。これにより、一台のロボットで複数の作業を行うことができます。たとえば、クレープ作りで培われた液体を扱う技術が、私たちの研究にも応用できるのではないかと考えたのです。
学生たちの柔軟な発想は、研究に新たな視点をもたらしました。例えば、実験における攪拌作業では、従来の「左手で固定し右手で混ぜる」という人の動作を模倣するのではなく、重いものを固定して軽い方を動かすという逆転の発想が生まれました。こうした提案は、実験の本質的な目的を見直すきっかけとなり、より効率的な自動化の実現につながっています。
3. 日本発の技術革新への挑戦
――産総研全体では、ラボラトリーオートメーションに対してどのような取り組みを進めているのでしょうか。
山口:産総研では2023年に「AUTO工房」を立ち上げ、材料研究の自動化・ハイスループット化を支援するシステムを構築しています。つくばセンターを中心に、さまざまな協働ロボットや自動化装置を導入し、研究者がレンタルして使用できる環境を整えています。バイオ系の実験を最初から最後まで自動化するような研究支援も行っており、そこから生まれた治具やモジュールを他の研究者と共有する取り組みも進めています。
――日本の研究開発における現状の課題をどのようにお考えですか。
山口:残念ながら、各企業や大学の研究開発能力が低下傾向にあります。人材の減少や、経済的な制約による「選択と集中」の流れもその一因です。しかし、新しいイノベーションを生み出すためには、一定量の実験は必要不可欠です。そのため、AIとハイスループット研究、つまり自動化やロボティクスは、これからの研究活動には必須になると考えています。
――その中で、日本が強みを発揮できる分野はありますか。
山口:「粉」の実験が私たちの希望です。液体や気体は流動性があってハンドリングしやすいのですが、粉や固体を扱う実験はまだ自動化が難しい状況です。粉の形状はまちまちで、人間のような柔軟なツールがないとAからBへの移動も困難です。「混ぜる」という作業も非常に難しい。この分野はまだ誰も確立できていない技術なので、日本が世界に先駆けて開発できる可能性があります。
その実現にあたり一番の課題は、異なるメーカー間での標準化です。機器分析において日本メーカーは、他社製品との相互連携を想定した機能の整備が海外メーカーと比べて遅れており、データ形式や通信方式などの標準化を進める必要があります。現在、日本分析機器工業会が中心となって、異なるメーカーの分析機器データを統合する取り組みは進められていますが、実装にはまだ時間がかかりそうです。このあたりの標準化が進めば、より多くの研究現場で自動化が進むと期待しています。
4. 研究現場と機器メーカーを繋ぐ科学機器商社の役割
――今回の研究でオザワ科学のサポートについて、ご意見・ご感想をお聞かせください。
山口:オザワ科学には、グローブボックスとプレス機の導入でお世話になりました。科学機器商社の大きなメリットは、各メーカーがどんな技術を持っていて、どこまでできるかを正確に把握していることです。私たち研究者だけでは、そういった情報を網羅的に把握することは困難です。
――具体的にどのような点で役立ったのでしょうか。
山口:たとえば「これとこれを繋げたい」という要望に対して、科学機器商社は最適な組み合わせを提案していただけます。また、実験現場の声をよく理解してくださっているので、「通訳」としての役割も果たしていただけます。メーカーは装置のことは詳しいものの、実際の実験で何をしているのかまではわからないことが多いんです。そこを「こんなことをしなければならないから、こういう仕様が必要」と、私たちの要望を適切に伝えていただけます。
――今後、科学機器商社に期待することはありますか?
山口:私たちの声をメーカー側に伝えていただくことに期待しています。自動実験でたくさんの実験をしなければならないというニーズが増えていることを、商社から各メーカーに伝えていただくことで、対応機種が増えていくのではないでしょうか。
私たち研究者としては、選択肢が多いほど、目的に合った最適な装置を選べますから。そういった意味で、研究現場とメーカーを繋ぐ架け橋としての役割は、今後ますます重要になってくると考えています。
5.ラボラトリーオートメーションが示す新たな可能性┃by愛知工業大学

愛知工業大学 ロボット研究ミュージアム 客員講師 西山禎泰氏
私たち愛知工業大学ロボット研究ミュージアムは、デンソーウェーブと共同で、協働ロボットCOBOTTAの社会実装に取り組んできました。当初は食品加工業界向けのシステム開発が中心でしたが、今回の産総研との協働により、ラボラトリーオートメーションという新たな活用領域を見出すことができました。
研究の現場では、我々が知らない実験のルールが数多くあります。たとえば、ある物体を移動させる際も、単に早く移すだけでなく、材料の特性を考慮して動かさなければなりません。産総研との連携を通じて、このような実験特有の要件を学び、より実用的なシステムの開発に繋げることができました。
今後、協働ロボットが参画していける領域はまだまだ広がっていくでしょう。とくに、ラボラトリーオートメーションは、今後大きな可能性を秘めたマーケットだと確信しています。日本の技術革新を支えるため、産学連携のもと、さらなる研究開発に取り組んでいきたいと考えています。
7.インタビューを終えて┃byオザワ科学
山口様は、ラボラトリーオートメーションが今後の研究開発に不可欠なツールになると指摘する一方で、日本のシステム標準化の遅れを懸念されています。欧米ではメーカー間でラボラトリーオートメーションの標準化が着実に進み、システム連携やデータ互換性の向上に多くの投資がなされています。そうした中、日本の強みである「粉体材料の取り扱い」を軸に、オールジャパンでの取り組みを加速させる必要性を提言されています。
科学機器商社であるオザワ科学は、研究現場とメーカーを結ぶ架け橋として、ラボラトリーオートメーションの普及・発展に積極的に関わっていく必要があります。その際、重要となるのが「異分野連携」です。材料科学、情報工学、ロボット工学など、多岐にわたる分野の技術や知見をコーディネートし、研究者のニーズを的確に把握・実現していく。そんな「人と人」「技術と技術」を繋ぐ力が、これからの科学機器商社には求められています。
[取材協力]